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12章 ユダヤ人犠牲者の数

 1995524日、熱狂的親ユダヤ派のベルリン新聞Die Tageszeitungは、シオニストがすでに1942年にイェルサレムのヤド・ヴァシェム・ホロコースト博物館を計画していたという記事を掲載し、このような計画が将来の犠牲者の大半がまだ生存していた時期に見通されていたことに驚きを表明している。事実、600万人という数字は、戦争が終わるかなり前から、著名なユダヤ人によって表明されてきた。194412月、アウシュヴィッツが解放される前に、ソ連系ユダヤ人宣伝家イリア・エレンブルク(赤軍兵士に、ドイツの民間人を殺せ、ドイツ人女性を犯せと呼びかけていた)は、「ドイツ軍捕虜に、なぜ600万人の無垢な人々を絶滅したのかと尋ねてみよ。『彼らはユダヤ人であったから』という回答が返ってくるだけであろう」と書いている("Remember, remember, remember", Soviet War News, 22 December 1944, p. 4, 5.)。531日、別のユダヤ人宣伝家ドフ・ヴァイスマンデル(スロヴァキア人のラビ)は、「今日まで、ヨーロッパとロシアの600万人のユダヤ人が絶滅された」と手紙の中に記している(Lucy Dawidowicz, A Holocaust Reader, Behrmann House, New York 1976, p. 327.)。さらに、もう一人のユダヤ人宣伝家ナフム・ゴールドマン――のちに世界ユダヤ人会議議長となる――は、19425月、ニューヨークのボルチモア・ホテルでのイベントの席上で、ドイツの影響下には800万人のユダヤ人が生活しているが、戦争が終わる頃には、そのうち200万か300万人しか生き残っていないであろうと予言している(Martin Gilbert, Auschwitz und die Alliierten, Verlag C.H. Beck, Munich 1982, p. 44.)。しかし、ホロコーストがはじまったのはこの当時のことであるといわれているのに、ゴールドマンはどうして未来の犠牲者の数を予見することができたのであろうか。

 さらに、まさに驚くべきことに、何と19191031日のアメリカ系ユダヤ人新聞The American Hebrewの記事は、東ヨーロッパ各地で、「600万人のユダヤ人男女子供」に対する「ホロコースト」が進行中であると嘆いている。600万人という数字は少なくとも7回登場している。6という数字はユダヤ教の聖なる数字であり、ホロコースト犠牲者の数はタルムードからとられたのであろう。

 600万人(ほぼ600万人)という期待値を生み出すために、宮廷歴史家たちは、ありとあらゆる厚顔無恥な詐術にうったえた。その典型は、ドイツ出身の職業的親ユダヤ宣伝家ヴォルフガング・ベンツの研修した論文集Dimension des Voelkermords, Verlag R. Oldenbourg1991年)である。ゲルマール・ルドルフが論文集『現代史の基礎』で指摘しているように、ベンツとその一味は次のような詐術を行なっている。

 

  第二次大戦中の領土変更によるユダヤ人口をダブルカウントすること。例えば、ハンガリーに一時的に占領されたルーマニア領のユダヤ人死者(もしくは死んだとみなされる人々)は、2回数えられている。

  ソ連の粛清や移送の犠牲者がこっそりとドイツによる犠牲者台帳に付け加えられている。

  1939年の時点のポーランド系ユダヤ人の数が70万人ほど多く見積もられている。

  もっとも悪辣なのは、ベンツとその一味が、ユダヤ人の移住など起らなかったふりをしていることである。すなわち、戦前に住んでいた場所に戦後住んでいないユダヤ人は絶滅されたものと見積もられているのである。この手の立論が如何に馬鹿げたものであることは、以下の例でわかる。すなわち、アルジェリアが独立する直前には、100万人のフランス人がそこに暮らしていた。しかし、独立後には10万人しか残っていなかった。だから、アルジェリアの自由な戦士は90万人のフランス人を殺したに違いないというのである。実際には、人口統計問題の鍵となる国家ポーランドのケースは、アルジェリアよりもはるかに複雑である。アルジェリアの国境は独立後変化していないが、ポーランドは戦後に西方に移動したからである。ユダヤ人人口がとくに多かった東部地方はソ連に併合され、その一方で、1939年以前にはユダヤ人がほとんど暮らしていなかった旧ドイツ領をポーランドは併合している

 

詐欺師ベンツとは異なり、ドイツ系アメリカ人修正主義者ウォルター・サニングは、ユダヤ人の移住に関心を向けている。サニングの重要な著作The Dissolution of Eastern European Jewry (Institute for Historical Review, Costa Mesa 1983)は、ユダヤ側と連合国側の資料だけに依拠している。彼は、戦後、約150万人のヨーロッパ・ユダヤ人がパレスチナ、アメリカ合衆国、その他の非ヨーロッパ諸国に移住したことを立証している。だが、これだけでは人口統計問題は解決されない。謎を解く鍵はソ連にある。1939117日の人口調査によると、ソ連には第二次世界大戦直前に302万人のユダヤ人がいた。そして、1959年の戦後最初の人口調査では、2267000名しかいなかった。しかし、ソ連国民は自分の好みで民族を申告できたので、同化したユダヤ人は自分たちのことをロシア人と称していたのである。(さらに、ソ連政府はホロコースト物語を支えるために、調査結果を意図的に捏造した可能性も排除できない)。シオニスト的なNew York Post紙は、西側へのユダヤ人の大量移住が始まってからかなり経過した199071日に、イスラエルの専門家に言及しつつ、ソ連には500万人以上のユダヤ人がいると述べた。ソ連系ユダヤ人の移住が進んでおり、彼らの出生率が低いことを考えると、このユダヤ人集団の人口が自然に増加するとは考えにくい。したがって、1945年時点で、ソ連には600万人以上のユダヤ人が存在していたと結論せざるをえない。

何が起ったのであろうか。1939年、ドイツ・ポーランド戦役がはじまると、大量のポーランド系ユダヤ人が西から東に移動した。1941年、ドイツがロシアに侵攻すると(ロシアの軍事専門家ヴィクトル・スヴォーロフその他多くの研究者は、これが予防戦争であったことを立証している。同じ年にドイツ攻撃を計画していたスターリンは、大量の兵力と重火器を国境付近に集中していたからである)、ソ連系ユダヤ人の大半が疎開し、ドイツの支配下には入らなかった。ヒルバーグによると、40%ほどのユダヤ人が、ドイツ国防軍によって征服されることになる地域から東に移動した。サニングは80%というはるかに高い移住割合をあげているが、彼の典拠資料は、信用できないソ連系ユダヤ人宣伝家ダヴィド・ベルゲルソンであるので、この数字は高すぎるであろう。

こうして、ポーランド系ユダヤ人の大半が戦時中にはソ連国内で生活した。だが、イギリス・アメリカ委員会は、19462月の時点で、80万人のユダヤ人が依然としてポーランドで暮らしていると報告している(Keesings Archiv der Gegenwart, 16./17. Jahrgang, Rheinisch-Westfaelisches Verlagskantor, Essen 1948, p. 651, report of 15 February)。もちろん、その多くは戦後にロシアから帰国したユダヤ人であった。その後、ポーランド系ユダヤ人の多くは国を捨てて、パレスチナ、アメリカ合衆国その他に移住していった。

サニングは、130万人ほどのユダヤ人が第二次世界大戦中に死亡した、そのうち、少なくとも50万、すなわち約50万人がドイツの抑圧措置によって死亡した、残りは兵士として戦死するか、ソ連の移送中に死亡したと結論している。正確な数字を確定することは難しいので、これらの数字が見積もりにすぎないことはいうまでもない。しかし、サニングの結論は、スウェーデンの研究者ノルトリング教授の調査によっても確証されている。彼は、戦争が始まった1939年に、のちにドイツが征服したヨーロッパの国々で暮らしていた、1972年のEncyclopädia Judaicaに載っている722名のユダヤ人についての経歴にもとづいて、そのうち44%1941年末までに移住するかドイツの影響圏から逃れ、、35%が祖国に残り、移送や収容を免れ、8%が移送されたが生存し、13%が死亡したと結論した(Revue d'Histoire revisionniste, Nr. 2, 1990, p. 50 ff.)。もしも、450万人のユダヤ人がドイツが一時的に征服した諸国で暮らしていた(これはかなり大様な見積もりである、サニングは、350万を超えることはありえないと考えている)と仮定すれば、そして、ノルトリンクの人口調査にしたがって、死亡率を13%と仮定すれば、ドイツの政策によって死亡したユダヤ人の数は60万人ということになる。

大半の強制収容所での死者の数はかなり文書資料に残っており、ユダヤ人囚人の割合もよく知られているので、収容所で死亡したユダヤ人の数をかなり正確に算出することができる。それは、35万人を超えなかったに違いない。たとえ、ドイツはソ連で数十万のユダヤ人を射殺したと仮定しても、そして、ゲットーでの高い死亡率、戦争末期の東部地区強制収容所の疎開における多くのユダヤ人死者を考慮したとしても。ドイツ影響下の地域でのユダヤ人住民の損失の総計は100万を超えることはないであろう。すなわち、600万人という数字は少なくとも6倍も誇張されているのである。また、50万人というサニングの見積もりが正しければ、600万人という数字は、12倍も誇張されているのだから、さらに厚顔無恥な妄想数字となる。

19781124日のState Times(Baton Rouge, Louisiana )の記事は、「失われた」ユダヤ人の運命がどのようなものであったのか、どの人口学的調査よりも明確に説明している。

 

「スタインベルク家は、かつてはポーランドの小さなユダヤ人村で繁栄していた。ヒトラーの死の収容所の前のことであった。今日、200名以上の生存者や祖先が、感謝祭の日に始まった特別な4日間の祝祭を分かちあうために、集まっている。カナダ、フランス、イギリス、アルジェンチン、コロンビア、イスラエル、少なくとも13のアメリカの町から、親戚たちが木曜日にやってきた。シカゴからやってきたイリス・クラスノフはこう語っている。『信じられないことです。3ヶ月から85歳までの5世代がここにいます。みんな歓声をあげながら、すばらしい時間を過ごしています。まったく、第二次大戦の難民連合のようなものです』。」

 

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『いわゆるヒトラー一派のガス室といわゆるユダヤ人の虐殺は、同一の歴史的嘘である。この嘘のおかげで、非常に大きな政治的・金銭的詐欺行為が容認され、そのおもな受益者はイスラエル国家と国際シオニズムであり、そのおもな犠牲者はドイツ国民―その指導者ではない――とパレスチナ民族全体である。』

— ロベール・フォーリソン教授博士

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1980年代のイスラエルの戦略 この記事は1982年2月『Kivunim、A Journal for Judaism and Zionism』の第14号、冬季5742にヘブライ語で掲載されたものである。

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